のびるっこ


好奇心旺盛なおとなとこどもの本気の遊び場
by nobirukko
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「こどものためってなに?」広木克行講演会

yuiの行ってた保育園で薦められて、神戸大学の広木克行さんの講演会に行ってきました。
「子どものためってなに?」という表題の講演で、たくさんの保育者や保護者が集いました。

私的には以前から興味を持っていた講演内容だったので、またまたまとまりはありませんが、メモを元に参考文献を挟んで、ところどころに自分の思いも織り交ぜながらの報告をさせて頂きます。
本当の「子どものために」がうまく伝わると良いのですが(^_^;)

「手をつなぐ子育て」 広木克行



広木さんは、今回の震災を「想定外」と表現する事を大自然への恐れを失った人間のおごりだと言ってました。
自然をコントロールできると思うのは錯覚だから、人間が守れないものは作ってはいけないと。
同じ様に子どもも自然の存在で、コントロールするものではない。
何も知らない子供が、文化に触れながらやがて人間になるのです。
本当に子どもの為の子育て、保育になっているかは「子どもの自然」をどれだけ知っているかという事なのです。

◎存在の原理
産まれた時は思います。
産まれてくれただけでいい、元気でいてくれるだけでいい。
当たり前に存在してくれている事が、いかに尊いかけがえのないものか。
それが『存在の原理』です。
これに対して、「~できれば」、「~さえしてくれれば」この子を愛する事ができるというのは条件付きの愛、『能力の原理』と呼ばれるものです。
私たちは改めて、このかけがえのない子どもが存在していることを喜びとしたいですね。

◎社会的本能
「子どもたちはいつも人のためになりたがっている」という『社会的本能』を生まれながらにして持っているそうです。
被災地では子どもたちが様々な手伝いを率先して担う様子が見られました。
これが本能的に子どもたちが持っている「人の役に立ちたい」ということで、子供というのは決して教え導く対象ではないということです。
今の子どもは、周囲から喜ばされることが圧倒的に増え、子どもが周囲を喜ばす機会は減っています。
お手伝いをしたがる時期に、「そんな暇があったら勉強しなさい」と、子どもたちが誰かの役に立とうとする機会を、奪い、追い詰めているのは私たち大人なのです。
これは『社会的本能』に対して『消費的本能』と言われ、家の中では王様になり、してもらって当たり前になります。
自分でやった方が早いと思うのは、子供から「人の役に立つ」機会を奪ってるということです。
日常生活で子供にやってもらう事を増やし、たとえ時間がかかっても子供にやってもらう、その時間が子供を育てるのだそうです。
そして、「ありがとう」「助かったよ」と他者が喜んでくれるのが自分の喜びとなるのです。
(「弁当の日」の竹下先生も同じ事を言ってました)

参考文献 「子ども学序説」


◎子供のシグナル
震災後に「赤ちゃんがえり」をする子供が増えたそうです。
これは被災によってストレスを受けた子供の正常な反応で、これが『子供のシグナル』です。
被災地に限らず、子供は正常な反応としてシグナルを出します。
なので、多動、暴力、暴言などがある子供を直そうとすればするほど、子供を追いつめる事になるのです。
ストレスがなくなれば戻るので、「大丈夫、安心して。私がついているからね。」と、受け止めてあげて欲しいそうです。
よくいる「困った子」というのは、実は「困っている子」。
自分が困っていると言うシグナルを出している子供なのです。
「さびしい、つらい、イライラする」そんな心が、「暴力、暴言、自傷行為」などをうむのだそうです。


この3点を踏まえたうえで「暴力、パニック、多動には意味がある」という話に移ります。

「1番であるこだわりが強い子供」
出来ない自分、知らない自分を否定するので常に1番でありたいと思うのです。
それは出来ない、知らないことで親から認めてもらえない、捨てられてしまうのではないかという不安。
幼児期に「順位」「序列」を付けてしまう、できるできないで判断するとそれは幼児期の心に傷を残します。

参考文献 「子どもと自然」


この本で猿の子供の話があります。
猿の子どもの仲間あそびは対等な関係です。
優劣関係が出来ると、猿は仲間で遊べなくなります。
人間の世界も同じで、子供たちの中で出来る出来ない、「序列」という価値観で見ずに遊ぶ世界を作っていく事が大切です。
(因みに最近の幼稚園では通知表があったり、偏差値が出たりするそうです。
そしてそういう園が人気があると言う事も危険と感じます。)

「思い通りにならないと暴力」
親が子供を叩いて育てると、子供も友達を叩く様になります。
これは子供の正常な反応です。
(居ました。私に話しかける度に声と同時に蹴るか叩くんです。見てたらママが「○○」と名前を呼ぶ時に必ず頭をポカンと叩いてました。更に、彼が日本語を習得する前から英語の教材に浸っていたというのも興味深いです。)
保育士にべたべたしたり独り占めしたがる子は、親の前では良い子。
どこかで甘えを満たしているのだそうです。
それは、「子供の育ちのもつれ」です。
「もつれ」ですから、引っ張るのでなく、柔らかく丁寧にほどいてあげる事が大切です。


さて後半です。

「子供のため」という考えについて
ここでとても大切なこと、「育つ法則」です。
子供は身体と心が幼児期に育ち、それがベースとなって頭が育ちます。
この育ちの順番を無視してはいけません。
10年前と比べて、小学校が大変な事になっています。
(それは、長女と長男が小学生だった頃とyuiの時とで私も実感しています。そしてどうしてなんだろうと色々考えていた事でもあります。)
教育、教師は「教える」プロ、保育士は「育てる」プロ。
幼児期の「育ち」のベース、身体と心が育っていれば、学校に入って頭の育ちが出来るのです。
いつの間にか「育てる」より「教える」ようになり、頭を育てようとしている。
親は早い方が良いと、小さい子に文字や英語を教えようとするが、これは「育」のない「教」であると。
こう言った形で、育ってから教わるという順番をひっくり返されている子供がとても多いそうです。

実際に企業の人事採用ですが
採用人数の85%以上を外国人が占める大手企業のその人事の理由は
両者に専門的な知識に違いはないが、人格的成熟度(人間力)が日本の若者に育っていないのがその理由だそうです。
これも驚愕の事実です。
子供の頃に遊びこんでいるかどうか。
人間力の土台を作るのは幼児から小学生までで、子供の自然を踏まえた子供の為の子育ての必要性を感じます。
アメリカでも、小学生のカリキュラムを幼稚園で行う事によりたくさんの弊害が生まれ、早すぎる時期の教育が、短期的にはストレスを、長期的には人格の歪みを生むという結果が出ているそうです。
そしてその早期教育に親を追い込む社会にも問題があると言われています。

ここで興味深い報告を。
「子どもの頃に外遊びが多かった大人の方が、高学歴、高収入、1カ月に読む本が多い」
と国立青少年教育振興機構からの結果が出ています。
(びっくりしたのは、のびるっこの森にブランコを作ろうと今朝探したサイトがここだった!)
http://www.niye.go.jp/kanri/upload/editor/62/File/10taiken-gaiyou.pdf
子どもの体験活動の実態に関する調査研究

子供のころの体験は、そのまま人生に影響すると言う事です。
(これを受け、育児産業が早期教育から野外教育に移行してきた辺りは商魂たくまし過ぎてちょっと笑えたりもするのですが。そして気付いている方もいるとは思いますが、計らずとものびるっこが目指していた部分でもあります!)

広木さんは大学生に言うそうです。
「出来る子と出来ない子が居ると思わされている。みんな出来るように生まれている。ただ、早く出来るタイプの子と、ゆっくり時間をかけて出来る子が居るだけだ」と。
これが教育の真実です。
例えばアインシュタインは、学校に適応できず不登校になった話しは有名ですが。
お母さんは彼を学校に合わせるのでなく、彼に合った学校に変えたのです。
1ccの水に1ccの水を足せば2ccになりますが、1ccの水に1ccの砂糖を加えたら砂糖は溶けて2ccにはなりません。
1+1は2になる場合もあるけれどならない場合もある、それはアインシュタインの考えがそれだけ深かったと言う事なのです。
理科のテストで「雪が溶けたら何になるか」という答えに「春になる」と答えたら×になるそうです。
実際このように、子供たちのための教育システムにはなっていません。
どうしてそう考えたのかを、その子のペースで考えてあげる必要があるのでしょう。

早さ、快適、楽、便利が良い事とされた現代、科学や技術の力が落とし穴になっている場合もあります。
例えば体外受精。
子供は「授かる」時代から「作る」時代になってしまいました。

参考文献 「子どもが育つ条件」


子供が「授かる」という受け身から、子供を「作る」という意識的な行動は、
子供を産む、産まない
何人産むか
子供が自分にどんな価値をくれるのか
子供への投資か、自分への投資か
メリット、リスクを含め比較検討する親の価値の選択になるのです。

「愛情遮断症候群」というのもあり、ある家庭では母親が子供よりも自分のやりたい事を優先にしてしまい、子供は急激な過食で肥満状態になってしまったそうです。
『母性』、『育児行動』は、女性の本能と思われがちですが、それは実は学んで身に付ける事。

さきほど紹介した「子ども学序説」からも
子供は自分より小さな子供の面倒を見ながら、こうすれば楽しい、こうすれば喜ぶと学びます。
子供が授かる前に、育児の練習が出来ていた時代ではなくなり、核家族が増え、育児の共同体が失われつつある現代、生まれて初めて抱いた赤ちゃんが自分の赤ちゃんだったと言う事は珍しくないのです。
自らが親として成長していく事が必要であるにもかかわらず、子育てを外注に出してしまうことも多くなってきました。
21世紀の子育ては、親自身が子育てを楽しむ時代。
「大変だけど楽しい」と思える親子関係の実感が必要です。

先程の話にもありましたが、『母性』『育児行動』は本能だと思っていますから、子育ての仕方を相談すること自体が恥ずかしく一人で悩んでしまう人が多いそうです。
繰り返しますが、子育ては学んで身に付ける事です。
子育ての仕方を一緒になって学ぶ仕組みを、社会が作っていかなければいけないのです。

「叱ることと褒める事」
叱ると虐待になっているのではないかと思い、どう叱っていいかわからないという相談を受けるそうです。
「叱る」とは、間違っている事を正そうとすること。
小さな子なりの言い分をしっかり聞き、善悪を教えるのが「叱る」という行為です。
「怒る」とは、子供に自分の気持ちが爆発した状態で向かう事を言います。
このふたつの違いを区別して理解することで信頼関係がしっかりするのです。

最後に『母子家庭の子育て』について
一人で二親分頑張らないで下さい。
肩の力を抜いて、どこまでも「お母さん」のままで(優しくて、こまごまと、口うるさく)子育てして下さい。
それから、自分だけで子育てしようと思わないで下さい。
気持ちが通じる仲間と一緒に、鍋を囲める家族ぐるみの付き合いをしてもらって下さい。
そこで男性と関わり、男性のイメージを受けることが大切です。
不登校、少年犯罪のほとんどは、両親の揃った良い条件の家庭で起きている場合が多いのです。
母子家庭では頑張っているお母さんの姿を子供が見ています。
子供は感謝の気持ちを持っているのです。


最後の母子家庭の部分に関しては、母子家庭のお友達全てに
「一緒に鍋を囲もう♪」

「ふう!」
久しぶりに長い文章に挑戦しました。
途中夕飯を作り、一杯いただきました(*^_^*)
私の子育て、そしてのびるっこの考え方に通じることが多く、記憶がフレッシュなウチにと思い綴ってみました。
興味を持って素直にうなずいてくれた方、一緒に子育ての仲間になりましょう♪

≪のびるっこへのお問い合わせは≫

shisoyui@rapid.ocn.ne.jp

090-2317-0262
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by nobirukko | 2011-08-07 21:15 | 講演会
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